KHK05✳︎特別編 対談シリーズ① 質問への回答 その1

10月28日のKHK初の対談。
平日のお忙しい時間帯にもかかわらず、たくさんの方にご参加いただきありがとうございました。ストリーミングもまもなく受付開始しますので、どうぞお見逃しなく。

申し込みフォームや講座中にご質問をいただきましたが、対談の中ですべてにお答えできませんでした。ひとつひとつの質問について、さまざまな角度から掘り下げていくことができますが、皆さんが取り組んでいくひとつのヒントになれば、とこの場でもお答えしていきます。
岩田さんの舞台への熱い思いが、少しでもお伝えできたら、と願っています。

ご質問日本語の歌詞(訳詞ふくむ)でのオペラ上演について

どうせ聞こえない、とかオペラに日本語は向いていない、とかの意見をよく耳にします。
わたしは、そんなことない、届けられるはず、伝わるはずだと思っていますが、それを明確に根拠立てることはできていません。是非なども問われたりするこの日本語上演、お二方はどういうご意見をお持ちでしょうか?

岩田達宗さんのお答え

日本語のオペラ、あるいは日本語訳詞のオペラについては僕は推進派です。そのことで散々に馬鹿にされたり、侮辱されましたが、そんなことにはへこたれていません。
声楽、オペラに向いていない言語というのはありません。もちろん、個人差レベルではそういったことはあり得ますが。
「どうせ聞こえない」というのはある意味正しいです。たとえば、歌舞伎を観に行って一言一句逃さずに台詞を完全に聞きとって理解できるお客様はおそらく数えるくらいしかいないと思います。下手すると一人もいない。米津玄師の歌や桑田佳祐の歌もそうじゃないですか?歌詞をあらかじめ読まずに聞いて聞きとれますか?聞きとれても理解できますか?できないですよね。オペラでも、どうせ聞きとれない、と言われるのはそれと似たようなことです。米津玄師の歌も歌舞伎も、説明ではなく、表現です。オペラの歌詞も説明ではありません。表現です。
また、もともと18世紀までのオペラや、歌舞伎以前の能のような芸能は、観客を選んでいた、という部分はあります。誰にでもわかるものではないということですね。それなりの知識や教養、予備的な情報を持っていることがそれを鑑賞する観客であることの前提でした。今では歌舞伎もそうですね。いきなり聞いて理解できるものではありません。そういう面もあります。
米津玄師の歌も歌舞伎や能も、あらかじめの予備知識としてその背景や世界観、それに歌われる歌詞を少しでも知っていたら「聞きとれ」ますよね。
なにも予備知識がなくても、いつでもすべての人に対してすぐ「聞きとれる」ものが良いものとは限りません。むしろ本当に良いものは敷居が高いものです。
別の問題として、お客様の「聞きとる」力が低下しているかもしれないと思っています。テレビのテロップがそうですね。バラエティできちんと日本語を喋れないタレントや俳優?が喋ることが聞きとれないのでテロップが出る。演出効果、を超えて説明として出る。あれはもしかしたらお客様の「聞きとる」能力が落ちてきているのか?と疑問や不安を抱く時があり
ます。

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舞台や歌唱に関わるテクニカルな部分についての質問もお寄せいただきましたので、今後じっくりお答えしていきたいと考えており、続く対談でのテーマとして取り上げていくことを予定しております。こちらもぜひご期待ください。
「こんな時だからこそ、いつでも笑っていようとしている」と笑顔を絶やさない岩田さん。
コロナ禍を発端に始まったオンラインKHKですが、対談をお届けできたことは運営委員会一同にとっても新たな一歩となりました。
どうぞご参加の感想をお寄せください。

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