オペラ歌手小森輝彦の公式サイト「テューリンゲンの森から」
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森の散歩 >> お勧めエッセイ
劇場便り2011
日本R.シュトラウス協会本年度の年誌に掲載するエッセイです。日本R.シュトラウ...
2011年11月23日
劇場便り2010
日本R.シュトラウス協会本年度の年誌に掲載するエッセイです。日本R.シュトラウ...
2010年9月14日
劇場便り2009
日本R.シュトラウス協会のご厚意により、日本R.シュトラウス協会2009年年誌に...
2009年10月27日
劇場便り 日本R.Strauss協2008年 年誌への寄稿
日本リヒャルトシュトラウス協会のご厚意により、今年の年誌に寄稿したエッセイをホー...
2008年9月13日
立ち稽古での事故
・・・なんだか、こう書くと大げさな感じもするんだけど、新作オペラ「コジマ」の立ち...
2007年4月12日
2007年4月12日
2007年4月12日
ドイツ・ヴァルドルフ学校連盟理事、シラー氏の講演
(2006.2.22の日記より転載) 昨日、ゲラのヴァルドルフ小学校設立運動の...
2006年2月22日
2006年2月22日
シラーの詩、シューベルトの「希望」、エンデの「モモ」
僕は割とシューベルトの作品が苦手で、実は人前で今までほとんど歌っていません。大好きなんですけどね。聴くのは好きだし、歌うのも好きでよく練習しているんですが、演奏会でお聴かせするところまで行かないんです。
2005年4月14日
2005年4月14日
伝統的クリスマスケーキ
昨年のクリスマス、僕らは劇場の前で家族3人そろって写真を撮り、それをクリスマスカードにして送りました。友人の一人、劇場のテノールのギュンター・マルクヴァルト氏はこのクリスマスカードへの返事として「伝統的クリスマスケーキ」のレシピを送ってくれました。
2005年1月12日
2005年1月12日
G.Verdi "Nabucco" 「魂」の体験
先日、「ナブッコ」の本番で、希有な体験をしました。ちょっと日記として書くには内容...
2004年11月 4日
幼稚園の父母会 〜健康生成論〜
健登が通っているヴァルドルフ幼稚園の父母会に行って来ました。僕が行くのは初めてのことで、ちょうど稽古がなかったので行けることになったのですが、今回はドレスデンのアントロポゾフィー医師のDr.ゼーフリートがお話をしてくれる会で、とても興味があり行けてよかったです。
2004年10月 7日
専属歌手であること 2
「専属歌手であること」の一つ目のエッセイでは、主にレパートリーシステムのこと、本番が多くあることで歌手としては恩恵があることを書きました。歌手としての仕事内容というか、仕事のサイクルや色々なバランスが違うだけでずいぶん仕事の質や内容に影響を与えるものだと驚きます。
2001年12月 6日
2001年12月 6日
ドイツの生活に慣れること
ドイツに住み始めて、もうすぐ7年目に入ります。ドイツで仕事がしたいとははじめから思っていましたが、すぐ帰ることになるような気もしていたし、意外な感じも少しあります。
2001年11月 9日
2001年11月 9日
ベルリン留学生日記-5
5月になってから、シュターツオパーでばらの騎士を見ました。何年か前のベルリンシュターツオパー日本公演の時に上演されたものでなく、ニコラス・ブリーガーの新しい演出によるものです。
2001年11月 6日
2001年11月 6日
ベルリン留学生日記-4
さて、R.シュトラウスですが、僕はここベルリンに来て初めてエレクトラを見ました。僕はどうもR.シュトラウスの初期の悲劇のオペラは苦手で、何となく避けていました。
2001年11月 5日
2001年11月 5日
ベルリン留学生日記-3
さて、皆さん良くご存じのこととは思いますが、ベルリンにはオペラの劇場が3つもあります。旧東側のシュターツオパー、コミッシェオパー、旧西側のドイチェオパーの三つです。
2001年10月31日
2001年10月31日
ベルリン留学生日記-2
また話を住居の事に戻します。うちの大家さんは親日家で、僕らの前にこの部屋を借りていたのも日本人でした。娘さんがドイツ語の先生としてイタリアで働いている間、きれいに使う日本人に貸したいという事で僕らはこの部屋を安く借りることが出来たのでした。
2001年10月30日
2001年10月30日
ベルリン留学生日記-1
僕は平成7年の文化庁芸術家在外派遣研究員としてベルリンに来ました。2年の研修期間中、基本的に帰国は許されていない関係もあり、それまでの日本での生活とある意味で切り離された2年間になるであろう事を想像して、四半世紀以上僕にとって唯一の居住地であった東京を離れました。
2001年10月27日
2001年10月27日
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